京都と大阪の県境に位置する、京都府乙訓郡大山崎町。
郡と聞くと田舎を想像しますが、大山崎町には高速のインターチェンジや、JR京都線と阪急電鉄が通っているので京都や大阪へのアクセスがよく、田舎の良さを感じつつも利便性が高く最近は移住する人やお店も増えてきているエリアです。
今回は、この土地で美味しいこだわりの野菜を作り続ける農家「ense」の小泉伸吾さんにお話しを伺いました。
1年半ほど前から始められた24時間新鮮な野菜が購入できる自動販売機にも注目です。
enseさんの畑はいわゆる都市型農園。
都市型農園とは、自治体や企業、個人が管理している都市部の土地や建物の一部を菜園や水田などを「畑」として活用している農園のことです。
食の安全や環境問題などを解決する1つの有効な方法として注目されており、enseさんの畑からも高速道路が見え、周りにはたくさんの住宅が軒を連ねています。
街中に農園があることは、景観が良くなるだけでなく、ヒートアイランド現象や都市型洪水といった環境問題の緩和にも役立つと言われています。
また、周辺に住む子ども達にとっても、日々成長する農作物を自然と目にすることは、自然を大切にする心や創造力を育むことにつながるのではないでしょうか。
農業を始めたきっかけは素敵なご縁
小泉さんが農業を始められたのは30年ほど前のこと。
もともとは農業とは全く業界の違う、アパレル企業で働いておられました。
しかし、実はその当時から、いずれは農業に携わる仕事が出来たらと考えておられたそうです。その理由は、
「アパレルは、完成されたものを仕入れて販売するという形。でも農業って、土を耕し種をまきそして、手塩にかけて育てて、販売して…全部自分でできる仕事。こんな全部に関われる仕事って素敵だなと思い、いつかは農業ができたら幸せだろうなって思ってました。」と就農したきっかけをお話される小泉さん。
そして、奥様との結婚が決まった時、奥様の実家が農家であることを知った小泉さん。休みの時とかに、少しだけ手伝うことは奥様から聞いていましたが、これも何かの縁やと思い、もともと農業に興味があったこともあり、本気で農業を仕事とすることを決意されたそうです。
小泉さんが農業の道へ進むことになった頃、たまたま、友人の中から飲食店を始める人が出て、自分の作った野菜を使ってもらえるようになり、奥様との出会いに始まった農業という新しい歩みから素敵なご縁がうまれ野菜作りにのめりこんでいかれました。
屋号であるenseは、小泉さんが農業を始めた頃に付けられたもの。
屋号の由来をお尋ねすると、
「もともと代々伝わる屋号が円明寺清右衛門(えんみょうじせうえもん)で。小泉っていう苗字もよくあるものなので、昔は小泉さんの畑ではなく清右衛門さんの畑って呼ばれてたそうなんです。通称えんせ。仕事でイベントをやるようになった時に名前がいるなと思って、通称を英語表記にしてenseと名付けました。」と教えてくださいました。
enseさんで採れる野菜たちが楽しそうに並ぶ、おしゃれなデザインの旗はデザイナーである友人に頼んでデザインしてもらったものだそうです。
予備知識0からのスタート
何の予備知識も無いところからいきなり農業を始めることになった小泉さん。
苦労することもたくさんあったそうですが、「今思えば、何の先入観も無く始められたのもよかったのかもしれない。」と小泉さんはおっしゃいます。
一般的な職業は、ひと月1サイクルや、春夏秋冬の1年で4サイクルのものが多いですが、農業は1年で1サイクルのため、仮に10年キャリアを積んだとしても経験としてはたったの10回なんだそうです。
「農業って自然相手の仕事なんで、同じ肥料をやって、同じ育て方をしても、成功するときとしないときがある。その辺が苦労はするけど、農業の奥深さを知れて、おもしろいと感じる部分でもあります。」と小泉さん。
毎年同じやり方では上手くいかないため、常に学びが続くそうですが、その苦労とおもしろさは紙一重と捉えられているんですね。
野菜づくりへのこだわり
野菜づくりへのこだわりをお尋ねすると、
「無農薬でやらなくちゃというような特別なことはやっていないですけど、堆肥をもみ殻から作ってます。enseで作っているお米から出たもみ殻を鶏糞などと混ぜ、1年間熟成させて堆肥にして、畑に入れるという循環型農業をやってます。あと、ハウスは使わず、出来るだけ化学肥料も使わず、その季節の野菜を堆肥や土の力で作っていくことを大切にしています。」と答えていただきました。
その他にも風害や虫を防ぐために「ソルゴー」という実のならないトウモロコシを植えるなど、自然環境を活かした生産方法で丁寧に育てられているenseさんの野菜たち。
夏はなす、オクラを中心にトマト、きゅうりなど、秋はさつまいもやお米、冬は九条ネギやブロッコリーなどの冬野菜全般など、その時期に採れる野菜を美味しく作ることにこだわって、手塩にかけて育てられています。
取材の時は、ちょうどナス、オクラ、空芯菜の季節。
ナスだけでもたくさんの種類が栽培されていて、どれも皮の厚みや実の柔らかさがそれぞれ違うんだとか。
普段スーパーでは目にすることのない珍しい品種に胸がときめきました。
採れたての空芯菜をいただいたのですが、ほんの少しの味付けで炒めるだけでとっても美味しくて、あっという間にたいらげてしまいました。
いつもの料理も新鮮で美味しい野菜を使うと、調理の段階から気持ちが弾むんだ、と驚きの新発見です。
いつでも新鮮な野菜が買える自動販売機
enseさんでは24時間新鮮な野菜が購入できる自動販売機も運営されています。
いずれは直売所か無人販売のように、地元に根付いた形でも野菜を販売したいと考えておられた小泉さん。
というのも、enseさんの野菜は中央市場に卸すものと、知り合いのお店に直接販売するものがメインで、食べてくれる人のほとんどが大阪の方で、大山崎町に住む地元の人に食べてもらうきっかけがほとんど無かったそうなのです。
直売所として新しく小屋を建てたり、新たに責任者をたてたりするのもなかなか難しい、無人販売もリスクがあると考えておられたところ、たまたま目に止まったのが自動販売機のサイト。
野菜の自動販売機といえばコインロッカー形式が主流ですが、この自動販売機は奥にストックがいくつか置けるタイプで、関西圏にこの自動販売機を置いているお店がまだ無かったというのも自動販売機を始めるきっかけとなったそうです。
ベースは真っ白の自動販売機。
デザインは自由にしていいということで、デザインはデザイナーの友人に、周りの小屋は木工屋の友人に建ててもらったそうです。
「別の仕事をしている友人達と一つのことに関われるのもおもしろいなと思って。」と笑顔で語られる小泉さん。
そして、約1年半前に24時間営業の野菜の自動販売機をスタートされました。
「普段お店に卸したり、参加したイベントで話す方は、食に対して前向きでこだわりがある人が多いんです。でもきっとその人達は食への関心のピラミッドでいうとほんの一角で、大部分の人はきっとそうじゃ無いはず。この自動販売機では、その大部分の層の方にアプローチできていると感じるのが自分の中でおもしろいと感じるところですね。全く知らない主婦の方とかが、間接的に関わってくれてる感じが、また違うフィールドでおもしろい。直接の会話が無くても、食べてみたら何となく美味しいってなってくれていたら嬉しいです。」と嬉しそうに話してくださった小泉さん。
24時間営業の自動販売機なので、どんな人がいつ、何の野菜を買ってくれているのかは分からないそうですが、自動販売機も機械なので、たまに野菜が引っかかって落ちて来ず、自動販売機に記載の電話番号にお客さんから電話がかかってくることもあるそうです。
「夜23時に電話がかかってきたこともあって、こんな時間に買いに来てくれてるんやと知れるのもまたおもしろいところ。聞いてみると、お弁当のおかずに足りないものがあって、コンビニに行くには見た目を気にするけど、自動販売機なら気軽に買いに来れるんが良いとおっしゃってて。そうよな、このいつでも気軽に買いに行けるサクッと感がいいよなって思って。
たまに自動販売機を利用してくれるお客さんとの、こんなやりとりも気に入ってます。」
取材へ伺った時にも、ちょうど近所の方が自動販売機で野菜を購入されていました。
どれも手に取りやすい価格ながら、新鮮で美味しい野菜たち。
近所だからこそ、どんな人が作っているかが分かるので安心して購入することができますよね。
手作りのPOPに、それぞれの野菜のおすすめ調理方法が載っているのも、買う立場としてはとてもありがたいところです。
いつでも気軽にお手頃価格で、新鮮で美味しい野菜が買えるのは、近隣住民の方にとって貴重な存在なのではないでしょうか。
ちなみに、野菜の補充時間はランダムで非公開だそうです。
Instagramでは、補充のお知らせや現在のラインナップを紹介している時もあるそうなので、気になる方はぜひチェックしてみてくださいね。
取材の日には、京おくらやナス、空芯菜やつる菜など、夏が旬の野菜たちが並んでいました。
行ってみないと、どんな野菜が売っているのか分からないところも、何度も足を運びたくなってしまう理由なのかもしれません。
「地域に根付いて、気軽に使ってもらえたら嬉しい。」と小泉さんはおっしゃいます。
小泉さんの今後の目標とは
小泉さんが農業を始めて30年弱。
前半の10~15年は、食のイベントをしたり、音楽と絡ませたイベントを開催したりと外に向けての発信を多く行っておられましたが、15年目を過ぎた頃から、段々と意識が変わっていったそうです。
「前半に意識が外に向いてた分、今は意識が畑の方に向いてて。シンプルなことなんですけど、”純粋に美味しいものを作る”というのが今の目標。それをやり続けたら、腰の据えた何かが見つかるんちゃうかという気がしてます。やから、あんまり奇をてらったことはせず、1個1個のことを確実にやる、ということを大切にしていきたいですね。」と今後の目標を語ってくださいました。
以前は、野菜を卸しているお店からこんな野菜を作って欲しいと言われ、海外の品種など、様々な品種を育てた時期もあったそうですが、野菜には品種によって気候や水の相性があり、野菜は実ったものの、これは本当にできたと言えるのか?と思うこともあったそうです。
「やっぱりそこに美味しさが乗っかってこないとだめ。色んな品種を栽培してきたことで、卸しているお店からこういう感じの野菜を作って欲しいと言われた時も、それならこの品種の方がいいよと提案ができるようになってきました。たくさん経験したことで、今では逆に作る品種が減ってきたんですよね。」
実は、農業だけでなく、バンド活動も行っている小泉さん。
取材の日に着ていたTシャツも小泉さんのバンドのオリジナルだそうです。
バンド活動も農業と同じで、前半はイベントに積極的に出たり、リリースしたりしておられましたが、今は、1個1個のライブをどう面白くするかを大切にされているんだとか。
農業を始めた頃から様々なことに挑戦し、たくさんの経験を積んでこられた小泉さん。
色々なことを経験し、引き出しが豊富になったからこそ、改めて原点に返って一つのことを突き詰められているんですね。
これこそプロのお仕事だ、とハッとさせられました。
いかがでしたか?
周りの方との関わりを大切にされながら、純粋に美味しい野菜を作ることにこだわり続けているのが「ense」小泉さんのお野菜。
お近くに訪れた際は、ぜひユニークな自動販売機で旬の美味しい野菜を購入されてみてはいかがでしょうか?
▼ense
自動販売機住所:京都府乙訓郡大山崎町円明寺東ノ口26
HP:http://www.ense-yasai.com/
Instagram:https://www.instagram.com/vegestand_ense/